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ペットの医療ミスについて解説|動物病院が知っておくべきリスクと対策

ペットの医療ミスについて,本HPで,「真依子ちゃん事件」(詳細はこちら)など,いくつか医療過誤事件の裁判例を取り上げさせて頂いておりますが(詳細はこちら),本記事では,改めて医療過誤トラブルに対し,動物病院が知っておくべきリスクや対策について解説していきます。

ペット(動物)の法的な位置づけ

皆様ご承知の通り,日本の民法上では,ペット(動物)は「動産」として扱われます(86条2項)。動物愛護の考え方が進んでいる欧州では動物の権利性について議論がなされ,動物に対する配慮を含めた法改正がなされておりますが,2022年現在,日本ではそこまで進んでいません。

医療ミスを起こしてしまった場合のリスク

損害賠償請求

ペットを動産と考えた場合,モノを壊した人が損害賠償義務を負うのと同様,獣診療において過失によりペットを亡くならせてしまう或いは健康を害してしまった場合,獣医師が診療契約上の善管注意義務に違反したとして,損害賠償責任を負う可能性があります(民法656条,644条)。

訴訟への発展

以前は,ペットトラブルにおける損害賠償の金額が極めて僅少であったことから,こういった医療過誤事案について,訴訟提起されることはそれほど多くありませんでした。しかし昨今,動物愛護の考え方が進み,,飼主の権利意識の高まりもあってか,比較的高額の賠償を認める裁判例も散見されるなど,獣医師の立場からみると,所謂「訴訟リスク」は無視できない状況となっています。

実際に動物病院の医療ミスで損害賠償に発展した事例

事例①(東京地裁H28.6.16)

概要

被告が開設する動物病院で,うさぎの過長臼歯の処置を依頼した原告が,獣医師の措置により左右下顎骨を骨折後死亡したとし,獣医師の問診・説明及び処置上の注意義務違反を主張し,賠償を求めた事案。

争点

獣医師の問診・説明及び処置上の注意義務違反

結論(判示概要)

問診・説明義務違反について

「B獣医師は,本件患畜の健康状態等に関する問診と触診を通じて,本件患畜について無麻酔による本件処置が可能と判断し,その方針及び同処置の利害得失等を原告に説明し,原告もこれを認識した上で特段の異議を申し立てることなくA獣医師による本件処置を受けさせたのであるから,本件において原告が無麻酔による処置を希望していたか否かにかかわらず,本件処置を実施するについて必要な問診及び説明を行っており,原告の主張するような問診義務及び説明義務の懈怠があったと認めることはできない」  と判示し,問診・説明義務違反は否定しました。

処置上の注意義務違反について

「一般にうさぎの骨は軽く繊細で,骨折しやすく,開口器を用いた本件処置は医原性に顎骨骨折を惹起するリスクのあるものであり,特に無麻酔での処置はリスクが高いため,多くの動物病院では麻酔下に限って行われている・・・無麻酔で処置するには,うさぎの安定的な保定が困難である上,速やかな検査及び処置が必要となることが認められ,多くの動物病院で麻酔下で行われているのは・・患畜の不動化が困難であること等と相まって,麻酔自体によるリスクを勘案してもなお,開口器の使用により患畜の顎骨を始めとする骨や軟組織などに傷害を負わせる危険が大きいと考えられることによる・・・そうすると,これをあえて無麻酔で行う場合は,患畜の顎骨を損傷させないよう開口幅などに注意して特に慎重に行われなければならないことはもちろん,同処置を行う獣医師又は動物病院は,特別の事情のない限り無麻酔でこれを安全に行う十分な技術を有していることが大前提となるはずであるから,これに反して医原性の顎骨骨折等が生じた場合には,開口幅の設定等につき所要の注意が尽くされていたかについて慎重に吟味する必要がある」等と判示し,結論としては,開口幅等について十分な注意が尽くされないまま本件処置がなされたものと推認されるとして,B獣医師の注意義務違反を認め,治療入院費等と慰謝料8万円の計約43万円の支払い義務を認めました。

事例②(仙台地判H18.9.27)

概要

Xが飼育する犬(ペキニーズ5歳メス。名前:「すみれ」)が,陰部から分泌物を出したため被告が経営する動物病院(代表:B獣医師)を受診したところ,Bは子宮蓄膿症と診断し,「すみれ」の子宮摘出手術を行ったが,手術直後に亡くなった。

争点

Bの説明義務違反,手術中の過失等

結論(判示骨子)

「すみれ」が子宮蓄膿症だったかどうかについて,「子宮内膜増殖症」という病理検査機関の見解はあるものの,臨床的には,子宮蓄膿症或いは子宮内膜増殖症と診断されることなどから,直ちに誤診とは言えず,死因が特定できない以上,過失は認定できない。

他方,Bは,術前,手術による死亡の可能性,麻酔時の危険性を説明せず,レントゲンや超音波検査をしなかったこと,Xの不安を取り除くような説明をしなかったこと,これらを説明・実施すれば,Xが手術回避の選択をした可能性がかなりの程度あったことから,Bの説明義務違反が認められる。

Xは,手術を回避する機会を奪われ,ペットロス症候群で通院を余儀なくされたなどと判示し,慰謝料50万の支払い義務を認めました。

事例③(東京地裁H3.11.28)

概要

動物病院を経営するX(法人)は,Yから,他病院でフィラリアと診断された飼い犬(メス,シェパード名前:「マリブ」)の治療を依頼されたが術中マリブは死亡した。その後,Yが黒いスーツを着た複数の男性と,Xの病院を訪れ「(マリブは)稲川会の会長から預かっていた」等と暗に仄めかし,賠償金の支払いを求めた。これを受け,Xは,Yに対し,Xは損害賠償義務を負わない旨の債務不存在確認と診療報酬支払を求める訴訟を提起した。

争点

Xの注意義務違反の有無

結論

以下のような事実関係が認められた。

Xは術前に心電図と超音波検査で異常がないことを確認し,スタッフ4人体制で,所謂教科書通りの開胸手術を行い,13回にわたり,心臓に寄生する成虫10数匹を除去したが,この作業の途中,マリブの心拍数が減少したため,閉胸手術に入ろうとしたところ,心臓の期外収縮が出て静脈注射や心臓マッサージをしたが心停止した。

解剖の結果,マリブには,多数のフィラリア成虫が寄生し,心室が左右共に拡張子全身にうっ血が認められたこと,右心室が著しく先天的心拡張であったことから,主な死因はフィラリア症,副次的な死因は先天的心室拡張であったことが認められた。

以上をふまえ,犬の先天的心拡張は極めて稀有の症例で術前の予見は不可能であること,Yがフィラリアを全く予防せず放置したことでフィラリア成虫除去手術の完遂が不能になったのであって,Xに帰責事由も過失もないとして,損害賠償義務の不存在を確認し,診療報酬の支払いをYに命じた。

獣医師が医療過誤の不存在の確認(債務不存在確認)を求めて訴訟したとても珍しい事例でした。動物病院を経営していると,所謂クレーム的な,筋の通らない主張を声高に述べる飼い主に遭遇することがあります。こういった件は珍しいですが,債務不存在確認訴訟という手段があることは知っておいた方がよいでしょう。

動物病院が未然に予防できる対応策

対応策①医院内での対応方法の統一

特に若い獣医師の方や,初めて医療過誤トラブルに遭遇した獣医師の場合,どうにかその場を凌ごうと,金銭的な支払いの約束や,過誤を認める謝罪文の作成などに応じてしまうことがあります。しかし,こういった対応は,飼主からの更なる要求を招いたり,万が一訴訟提起された場合,自らの過失が認定される不利益な証拠になりかねません。トラブルに遭遇した場合,自分で対応しようとせず,他の獣医師や院長に相談しましょう。対飼主対応については,いち早く,病院の顧問弁護士に相談しましょう。

対応策②医療ミス等が起きないよう医院内での研修

兎にも角にも診療技術の向上や,医療過誤を防ぐ効果的な方法であることは言うまでもありません。院内の勉強会,外部の研修など,診療技術の研鑽に励みましょう。

対応策③飼い主との医療措置に関する説明の徹底

「手術承諾書」の作成(術前)

・病名,症状,

・手術名と内容

・麻酔の方法と麻酔によるリスク

・手術の必要性と手術しない場合の経過予測

・手術自体のリスク

・合併症リスク

・他の治療法とのメリットデメリットの比較

・予想される予後経過や後遺症 を漏れなく記載できるよう,承諾書の書式を工夫しましょう。

カルテ作成(術後)

手術内容の説明内容,手術の内容や術前術後の経過などをカルテに詳細に記録しましょう。

最後に

獣医師は応召義務があることもあり,予期せぬ医療ミスや,所謂モンスターペイシェントとのトラブルに巻き込まれるリスクと隣り合わせと言えます。 医療ミスを防ぐ院内対策から,実際にトラブルに巻き込まれた場合の対応まで,「顧問弁護士」がいることで適切に対処することが可能です。お困りの動物病院様は当事務所にご相談ください。

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