動物病院の開業を検討する際のポイント|獣医業界の現状と法的手続きについて弁護士が解説
動物病院の開業の現状・動向 ・新規開業
獣医療業界の現状及び動向について,獣医師会の統計では以下のような傾向が読み取れると述べています。
- ●小動物診療獣医師(以下,「獣医師」といいます)数は,一貫して増加傾向にある
- ●40歳以下の獣医師の半数近くは女性獣医師である
- ●獣医師は関東,関西,中京など大都市圏に集中している
- ●動物病院は近年一貫して増加傾向にあり(図1)大都市圏に集中している
- ●今後は,個人開業より法人経営が増加することが見込まれる
- ●動物病院における従事者数は増加傾向にある(図2)
- ●動物病院の年間売上高,犬猫一頭当たり売上はいずれも一貫して増加している(図3)
- ●一世帯当たりの年間動物病院代は増加傾向にある
- ●他方で犬の飼育頭数は今後大幅に減少する傾向が想定される
- ●そのため,動物病院の市場規模は縮小する懸念がある
(図1)
(図2)
(図3)
(以上,令和元年7月23日 公益社団法人日本獣医師会「小動物獣医療の現状と今後の対応」抜粋及び参照)
また,動物病院代に限らず,一世帯あたりのペット関連支出も増加傾向にあります。ざっくばらんに言えば,「お金が多少かかっても良い動物病院に診てもらいたい」というニーズが強まっているのではないかと推察されます。 何を以て「良い動物病院」なのかは人それぞれですが,なにかあったときにすぐに,高度な獣医療が受けられるようにしたいニーズがあることは間違いないかと思います。もっとも,開業する動物病院がすべて高度医療を提供できるようにすることは現実的ではありません。自院でカバーできない高度医療は二次診療施設を受診頂く必要があるでしょう。新規開業をする動物病院の多くは,やはり,ホームドクター的な役割を果たす1次診療施設(かかりつけ動物病院)です。とすると,いかに「二次診療施設と連携・協力体制」を構築していけるか,が,開業後の中長期的な動物病院経営を考える上では重要なポイントの一つと言えるでしょう。(もちろん,集患戦略や,立地選定,採用など動物病院の開業を考えるうえで検討しなければならない要素は多岐にわたりますが,ここでは割愛します)。
開業の種類
新規開業
一から始める開業です。説明は不要ですね。
継承開業
動物病院の開業は,新規開業だけではありません。年齢等様々な事情により引退する獣医師から既存の動物病院を引き継ぐ「継承開業」もあります。
新規開業の場合,立地,内外装,設備,従業員など全て自分で決めることができる,「自分の城を作れる」ことは最大のメリットです。しかし,経営が軌道に乗るまでの集患,開業資金の調達,従業員の採用・教育など,懸念事項も多くあります。一般に開業資金としては約3000万必要と言われており,開業する場合は多くを借り入れで賄うことになり,返済の不安もあります。近年,これらの懸念を解消・軽減する開業方法として,事業承継による継承開業によって開業する若手獣医師が増えています。
開業のメリット・デメリット
メリット
自分の理想の病院が作れる
開業する獣医師の多くは,自分の理想の病院を作りたいと思っていらっしゃることでしょう。
収入が大幅に上がる(可能性がある)
分院を出したり大規模化するなどして,経営が軌道に乗れば,収入が大幅に上がる可能性は当然あります。
デメリット
赤字・収入減のリスク
経営ですから,赤字になるリスクは当然あります。開業獣医師の平均年収は約500万程度と言われています。病院経営を真摯に考えなければ,かえって収入が減ってしまうリスクに直面してしまうかもしれません。
労務・税務・マーケティング等,診療以外の「経営業務」が増える
勤務獣医師であれば,究極的には,目の前の患者さんの診療に専念していればよい,と言えます。他方病院経営をするのであれば,自ら診療にあたりつつ,スタッフの採用,教育,設備の購入・管理,人事労務,集患戦略の検討と実施,資金調達の検討,確定申告・・など診療以外の雑務もこなさなければなりません。
動物病院開業時に必要な法的手続き
診療施設開設届等の届出
診療施設開設届
飼育動物診療施設の開設者は、獣医療法第3条の規定に基づき、開設、変更、廃止等の事由が生じた日から10日以内に知事または家畜保健衛生所長に届出をしなければなりません。
※開設届の様式は,開業予定場所の役所HPで確認することができます
(東京都)
https://www.sangyo-rodo.metro.tokyo.lg.jp/nourin/shoku/animal/jyuiryou/
(神奈川県)
https://www.pref.kanagawa.jp/docs/gz4/cnt/f160558/shounan-vet.html
放射線診療装置等届
エックス線装置等放射線診療装置を設置する場合は,エックス線装置設置届等の提出が必要になります。
その他必要書類
- 獣医師免許証(写し)
- 定款(写し。法人の場合のみ)
個人事業開業に関連する届出
税務署への届出
個人事業開業届
所得税の青色申告承認申請書
任意ですが,青色申告の適用を受けようとする場合,その年の3月15日までに提出する必要があります。
その他(必要に応じて)
青色事業専従者給与に関する届出・変更届出書(税務署)
所得税のたな卸資産の評価方法・減価償却資産の償却方法の届出書(税務署)
消費税課税事業者選択届出書(税務署)
源泉所得税の納期の特例の承認に関する申請書兼納期の特例適用者に係る納期限の特例に関する届出書
県税事務所への届出
- 事業開始等の届出書
労働保険関連に関する届出
従業員を雇用する場合,以下の届け出が必要です。
労働基準監督署
労働保険関係成立届出書
概算保険料申告書
ハローワーク
雇用保険適用事業所設置届
雇用保険被保険者資格取得届出
動物病院開業後に注意すべき法的リスク
対患者
医療過誤による損害賠償リスク
動物病院における法的リスクとしてもっともケアしなければならないのは,医療過誤による損害賠償(風評被害)リスクになります。
1件当たりの金銭賠償額が病院経営に致命傷を与えるほどの金額になることはほぼありません。ダメージが大きいのは,「医療過誤があった病院」という評判が近隣に知れ渡ってしまうことです。かかりつけ病院的な1次診療を行う動物病院の,多くの患者さんは,病院のご近所さんであることが多く,飼い主様の中で,「あそこの病院が医療過誤でトラブルになったらしい」とか「うちの子が医療過誤にあった」といった風評が広がってしまい,売り上げが下がってしまうと,リカバリーするのは至難の業と言えます。
医療過誤リスクを回避するために,診療技術の研鑽はもちろん,インフォームドコンセントの徹底,マニュアル作成等の予防策を講じましょう。
医療過誤に関する詳細な解説記事については下記にて確認いただけます。
下記の記事もぜひご覧ください。
https://nakama-pet.jp/%e8%a3%81%e5%88%a4%e4%be%8b/column-pet-medicalmiss/
不当要求(クレーム)対応リスク
動物病院に対するクレームトラブルが近年増加傾向にあります。クレーム対応は,一歩間違えば風評悪化,従業員の退職など経営に大きなダメージを与える可能性があります。クレーム予防のための仕組みづくりを講じることが重要です。
クレーム対応に関する解説記事については下記にて詳細ご確認が可能です。
風評被害リスク
かかりつけの動物病院を探すとき,多くの人はインターネットで検索をするようですが,例えばGoogleで検索をすると地図表示から各動物病院のクチコミが確認できるようになっています。
こちらのクチコミは誰でも投稿できるので,納得いく対応をしてもらえなかった患者さん(病院側の対応に問題がなかったとしても)が,低い評価を付けたり誹謗中傷的なコメントをしたり,というケースが増加しています。上記で述べたとおり,風評被害リスクは経営にとって大きなリスクとなりますので,誹謗中傷的なクチコミは削除請求など法的な対応を速やかに行うことが重要となります。
風評被害対策に関するより詳細な解説記事については下記よりご確認ください
対従業員
ハラスメント問題
民間企業と同じく,動物病院においても,セクハラ・パワハラなどのハラスメントの問題が起きてしまうことがあります。ハラスメントの多くは,経営者と従業員或いは従業員同士のコミュニケーション不足に起因します。また,加害者に自覚がないことも多く,加害者になり得る経営者や管理職の意識改革も必要となることが多くあります。ハラスメントが起きない職場環境を作るために何をすべきか,専門家である弁護士にご相談頂くことをお勧めします。
残業代などの賃金問題
動物病院は,急患対応や会計処理,カルテの整理等々様々な事情により,長時間労働,時間外労働が生じやすい傾向にあります。しかしながら,多くの院長先生は,獣医療のプロではあっても,法律・労務のことは素人であり(失礼な言い方で大変恐縮ですが)また,多忙故これら診療以外のことは後回しになりがちで,多額の未払い残業代を請求されてから,問題に気付く,ということがしばしばおきます。未払い残業代は,付加金といって本来払うべき残業代にペナルティ的な金銭が上乗せされることがあり,場合によっては何千万レベルの支払いを求められ経営に致命的なダメージを与えかねません。 適切な労務管理ができる体制を整えておくことが重要です。
解雇・退職・従業員同士のトラブルなど「ヒト」の問題
上記であげているハラスメント・残業代に関する問題とも関連しますが,動物病院も組織である以上,「ヒト」の問題は避けられません。仕事のパフォーマンスが低かったり,勤務態度が悪かったり,スタッフと合わなかったり等,様々な事情により解雇や退職のトラブルに発展することがあります。労務トラブルは予防策や初期対応を誤ると,紛争が長期化したり,多額の賠償を余儀なくされるなど大きな問題に発展することが多くあります。
紛争を予防し,診療に専念できるよう,専門家である弁護士に相談しながら,職場環境を整えていきましょう。
行政官庁への対応
監査対応
動物病院は,農水省,環境省が監督官庁になります。それほど頻繁に監査が来ることはありませんが,念のため,対応できるように備えておいた方が良いでしょう。
動物病院を開業される場合には、顧問弁護士の活用をご検討ください
上記のように動物病院経営を行ううえでは、様々な法的リスクが存在します。
問題が起きないための予防的側面を含めた対応はもちろんですが、事業展開に伴う経営上のサポートについても対応可能です。
少しでも疑問点がある場合には、まずは弁護士にご相談ください。